1874年(明治7年)12月、高知県香美郡富家村に生まれる。水野源兵衛の長男[2]。1899年(明治32年)に和仏法律学校法律科(現・法政大学)を卒業し、判事検事登用試験及び弁護士試験に合格する。
1900年(明治33年)に高知県で弁護士を開業するも、北海道に移住する。しかし、北海道での新聞事業の失敗、材木商との争いなどで、大連に渡る。
その後、高知県に帰郷し、1920年(大正9年)、第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選する(政友会)。 また、高知弁護士会長、政友会高知県支部長などを歴任した。
1947年(昭和22年)2月14日に死去、74歳。