氷見市民の歌
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1952年(昭和27年)に氷見郡氷見町が近隣の3村を編入して成立した氷見市の市制10周年および市民会館の落成を記念し[2]、1963年(昭和38年)8月23日付で制定された[3]。制定意義は「市民の健康と幸福をよろこび、将来の発展を願い公募した」とされ[2]、地元からの応募で5年前に「富山県民の歌」で入選歴がある辻本俊夫の作を採用した。
富山県郷土史会会長の八尾正治は「行進曲風の、爽快なメロディが良い」と評している[3]。氷見市役所では市民歌の演奏機会について「合唱団が結成されるなど、市民に親しまれ、歌い続けられている」とする[2]。2018年(平成30年)から2024年(令和6年)3月末までは、市内の防災無線で正午を知らせる時報として演奏されていた[4]。