永井浩二 (野球) From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1971-06-02) 1971年6月2日(54歳)ポジション 捕手永井 浩二オイスカ浜松国際高等学校硬式野球部 監督基本情報国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1971-06-02) 1971年6月2日(54歳)選手情報ポジション 捕手経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 広島県立広島商業高等学校 亜細亜大学 NKK 浜松ケイ・スポーツBC 監督・コーチ歴 浜松大学常葉大学浜松キャンパス オイスカ高等学校オイスカ浜松国際高等学校 この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 永井 浩二(ながい こうじ、1971年6月2日 - )は、広島県出身の学生野球指導者。 現役時代は捕手としてプレー。広島県立広島商業高等学校時代に甲子園大会出場を経験。亜細亜大学に進学し[1]、高津臣吾の球を受けた[2][3]。1年下に入来祐作、沖原佳典がいた。 大学卒業後は地元の広島県福山市のNKK(現在のJFE西日本)に入社[1]。ドラフト候補にあがることもあったが、プロ入りは叶わなかった[2]。 1998年から知人の紹介で渡米し、2年間メジャーリーグのニューヨーク・メッツにブルペン捕手兼打撃投手を務めた[2]。 帰国後、クラブチームの浜松ケイ・スポーツBCに入団し、のちに現役引退[1]。 2006年から浜松大学(2013年より常葉大学浜松キャンパス)のコーチに就任。12月からは監督[4]。監督就任時にはメッツ時代の監督で当時ロッテ監督だったボビー・バレンタインを訪ねて春季キャンプへ行きアドバイスをもらった[2]。2012年には東海地区大学野球秋季リーグ戦で優勝[2]。 2019年6月からはオイスカ高等学校(2022年4月にオイスカ浜松国際高等学校に校名変更)の監督に就任[1]。社会科を担当する[5]。オイスカの校長と知り合いだったことからの就任だったが、就任の決定は急遽のものだった。高校では選手を下の名前で呼び、強制的な坊主を廃止。LINEグループを作ってこまめに連絡を取るなどの指導法を取った[2]。 著書 考える配球 ピッチングの極意へ、そして勝利へ近づくために!(2013年8月、ナツメ社、ISBN 978-4816354663) 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 山岡則夫 (2019年7月20日). “メジャーのブルペン捕手から高校野球監督に…“異色の経歴”持つ男の挑戦”. AERA dot.. https://dot.asahi.com/articles/-/101862?page=1 2020年9月10日閲覧。 1 2 3 4 5 6 “「高校野球における本当の楽しさと本気の笑顔」、オイスカ浜松国際(静岡)を率いる永井浩二監督とは”. スポチュニティコラム (2022年5月7日). 2022年8月14日閲覧。 ↑ “日米で学んだ経験を地方大学に還元 静岡から全国目指す指導者の挑戦”. BASEBALL GATE. (2017年1月28日). https://baseballgate.jp/p/36714/ 2022年8月14日閲覧。 ↑ “日米で学んだ経験を地方大学に還元 静岡から全国目指す指導者の挑戦”. Full-Count. (2017年1月28日). https://full-count.jp/2017/01/28/post56130/ 2020年9月10日閲覧。 ↑ “オイスカ高・永井浩二新監督が就任「新しい野球を教えていきたい」常葉大浜松5月末で退職”. スポーツ報知. (2019年5月21日). オリジナルの2019年6月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190601065147/https://hochi.news/articles/20190520-OHT1T50188.html 2020年9月10日閲覧。 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館日本学術データベースCiNii BooksCiNii Research Related Articles