永俊 From Wikipedia, the free encyclopedia 永俊(えいしゅん、生没年不詳)は、室町時代の僧侶。日野勝光や日野富子の弟。子に永繕、3人の娘[1]。 日野重政の息子として誕生[1]。室町幕府の8代将軍・足利義政の猶子となり、相国寺常徳院内の聯輝軒主(首座)となる[2]。 そして、娘の一人である阿子が11代将軍・足利義澄の正室となり[1]、 永正8年(1511年)に足利義晴を出産したとされている。 だが、 永正2年(1505年)に阿子は義澄と離縁しているため、義晴の生母が阿子なのかは正確にはわかっていない[3]。 脚注 1 2 3 田端 2016, pp. 40–41. ↑ 田端 2016, p. 41. ↑ 「足利将軍列伝」(桑田忠親、秋田書店、1975年) 参考文献 田端泰子「将軍家と日野家・山科家 -日野康子と日野栄子の役割を中心に-」『女性歴史文化研究所紀要』24号、2016年3月31日、37-56頁。 関連項目 畿内・近国の戦国時代 Related Articles