永俊

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永俊(えいしゅん、生没年不詳)は、室町時代の僧侶。日野勝光日野富子の弟。子に永繕、3人の娘[1]

日野重政の息子として誕生[1]室町幕府の8代将軍足利義政猶子となり、相国寺常徳院内の聯輝軒主(首座)となる[2]

そして、娘の一人である阿子が11代将軍・足利義澄の正室となり[1]永正8年(1511年)に足利義晴を出産したとされている。

だが、 永正2年(1505年)に阿子は義澄と離縁しているため、義晴の生母が阿子なのかは正確にはわかっていない[3]

脚注

参考文献

関連項目

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