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ながきふさひろ

日本の漫画家、映画監督 (1937-2010) From Wikipedia, the free encyclopedia

ながき ふさひろ(1937年8月27日 - 2010年11月27日[1][2])は、日本のアニメーター、演出家、漫画家。別名義に永樹 凡人(ながき ぼんじん)[1][2]。大阪府出身。弟は、アニメーターの永木龍博。

本名 永木 總博
別名義 永樹 凡人
生年月日 (1937-08-27) 1937年8月27日
出身地 日本の旗 日本・大阪府
概要 ながきふさひろ, プロフィール ...
ながきふさひろ
プロフィール
本名 永木 總博
別名義 永樹 凡人
生年月日 (1937-08-27) 1937年8月27日
出身地 日本の旗 日本・大阪府
没年月日 (2010-11-27) 2010年11月27日(73歳没)
職業 アニメーター
演出家
漫画家
活動期間 1950年代 - 2010年
代表作 『サザエさん』
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代表作は『サザエさん』など[2]。

来歴

昭和20年代(1945年 - 1954年)から昭和30年代(1955年 - 1964年)にかけて、貸本漫画の漫画家として活動。

1961年、漫画家でもあるアニメーターの古沢日出夫に紹介され東映動画に入社。アニメ制作の道へ入り、東映動画の劇場長編作品で動画を担当した。

1964年、東映動画を退社し、香西隆男、小泉謙三、我妻宏らとハテナプロを設立。東映動画、虫プロダクション、ピー・プロダクションのテレビアニメの外注をこなした。

ハテナプロ解散後の1970年、弟の龍博らとスタジオ・ジョークを設立し主宰。演出や作画監督をこなした。1972年には、麻雀仲間だった下崎闊の紹介で『ふしぎなメルモ』前半のチーフディレクターを務めた[3]。

アニメスタジオの経営者としては、スタジオ・ジョーク以外にも数々のスタジオを設立。韓国に美路動画、他社との合弁で1974年に台湾で東台を、1980年には飯野皓が率いるスタジオルックや韓国の太陽動画との合弁でサン・ルックを設立。海外への外注体制を築いた。

1983年からはアニメのスタッフとしての活動を再開。1985年以降は、テレビアニメ『サザエさん』での演出を中心に活動した。

参加作品(アニメーション)

特筆の無い限り、すべて「永樹凡人」名義での参加。

テレビアニメ

映画

OVA

  • バーニング・ビレッジ(1989年、原作・監督)

作品(漫画)

  • 旗本退屈男(1958年、作画)
  • 少年ジャガーの死(1958年)
  • 慕情の曲(1959年)
  • バーニング・ビレッジ(1989年)

出典

参考資料

外部リンク

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