永田守
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祖父は大映の創始者・永田雅一。1978年TBSに入社し、ラジオ、テレビの制作に携わる[1]。2005年にTBSとカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の共同出資で設立されたTCエンタテインメントに出向。テレビ局に入社した理由は転勤が少ないことと、親のコネがあった事であるという[2]。
プロデュースした映画「そこのみにて光輝く」は2014年度キネマ旬報ベスト・テン1位を獲得した。祖父・永田雅一は製作者として「祇園の姉妹」(1936年)と「白い巨塔」(1966年)でキネマ旬報ベスト・テン1位を獲得し、同じく父の秀雅も1962年に「私は二歳」でキネマ旬報ベスト・テン1位を獲得しているので、永田家3代に亘ってベスト1に輝いている。
ニッポン放送と軋轢を起こし同局を干されてしまった伊集院光をTBSラジオに誘った人物でもあり、伊集院のトークではよく永田のエピソードが語られている。