永田羽竜
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | ナガタ ウリュウ | |||||
| ラテン文字 | NAGATA Uryu | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1994年1月4日(31歳) | |||||
| 出身地 | 神奈川県川崎市 | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF(DMF)/DF(CB) | |||||
| ユース | ||||||
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| 2006-2008 |
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| 2009-2011 |
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| 2012-2016 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2016-2017 |
| 19 | (1) | |||
| 2018 |
| 22 | (2) | |||
| 2018-2021 |
| 40 | (4) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2022年5月31日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
永田 羽竜(ながた うりゅう、1994年1月4日 - )は、神奈川県川崎市出身のサッカー選手。ポジションはMFもしくはDF。
小学校の時にサッカーを始め、下河原NSCに所属した[1]。中学校年代では横浜FC鶴見ジュニアユースに所属し主将を務めた[2]。しかしユースに上がる事はおろか、高校受験にも失敗し、滑り止めで多摩大学目黒高等学校に進学[3]。中学サッカーでは強豪であった他方、高校サッカーでは弱小であった同校であるが、進学半年前に奥大介が監督に就任、コーチ陣も大西昌之、塩川岳人という布陣になっており、一年次から全国高等学校総合体育大会に臨むメンバーの一人として抜擢された[4]。その後主将を務めた[5]。その後、同校の先輩である本吉勇貴も所属する上武大学に進学[6]。三年次の時に植木繁晴が監督に就任し指導を受けたが、関東大学サッカーリーグ戦参戦は叶わなかった[7]。
植木の教え子である卜部太郎がオーストラリアで代理人業をしていた伝手で渡豪[8]、卜部がかつて所属していたロッチデール・ローヴァーズFCに練習参加し、同クラブで選手となった。その後ブリスベン選抜に選出され、ブリスベン・ロアーFCと対戦した[9]。
2018年にゴールドコースト・ユナイテッドFCに移籍、2得点を記録した[10]。
同年にバングラデシュ・プレミアリーグ所属のダッカ・モハメダンに移籍[11]。その後主将を務めた[12]。しかし2021年に前十字靭帯断裂のため無所属となった。