積極的に行動をしたならば、成果は自ずから得られるようになるということを意味する[1]。このことから物事を成就しようと思うならば、与えられるのをただ待つばかりでなく、自ら進んで求めるという姿勢が大事であるということである[2]。
マタイによる福音書第7章7節に登場する三句のうちの初句。ここでのイエス・キリストの述べた言葉であり、ここでは求めよ、そうすれば与えられるであろう。捜せ、そうすれば見出すであろう。叩け、そうすれば門は開かれるであろうとある[1]。新約聖書の文脈では、ひたすら神に祈るならば、神は正しい信仰を与えてくださるであろうという意味になる[2]。
日本ではこの言葉は、キリスト教とは関わりが無く用いられており、決まり文句となっている[2]。