汝、暗君を愛せよ
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| 汝、暗君を愛せよ | |
|---|---|
| ジャンル | 異世界、ファンタジー、近世、内政、外交 |
| 小説 | |
| 著者 | 本条謙太郎 |
| イラスト | toi8 |
| 出版社 | ドリコム |
| 掲載サイト | 小説家になろう カクヨム ハーメルン |
| レーベル | DREノベルス |
| 連載期間 | 2024年6月21日 - 2024年12月29日[1] |
| 刊行期間 | 2025年8月6日 - |
| 巻数 | 既刊2巻(2025年12月現在) |
| 話数 | 全110話 |
| テンプレート - ノート | |
| プロジェクト | ライトノベル |
| ポータル | ライトノベル |
『汝、暗君を愛せよ』(なんじ、あんくんをあいせよ)は、本条謙太郎による日本のライトノベル。「小説家になろう」[1]、「カクヨム」[2]および「ハーメルン」[3]にてそれぞれ2024年6月から連載され、書籍版がDREノベルス(ドリコム)より2025年8月から刊行されている。書籍版のイラストはtoi8が担当している。『このライトノベルがすごい!』2026年版の新作単行本・ノベルズ部門で1位[4]、単行本・ノベルス部門では6位を獲得[5]。
父の死で造園会社を継ぐも、お飾り社長としての無力感から自死した男が、異世界のサンテネリ王国に国王グロワス13世として転生する。「魔力」が階級の根拠とされる18世紀的社会で、国庫は破綻し革命の気配が迫っていた。前世の挫折から、彼は玉座の「置物」に徹して生存を図るが、軍制改革や外交、四人の妃との政略結婚といった難局に次々と直面していく。無能を装う「暗君」として、彼はこの激動の時代を生き抜くことができるのか。
登場人物
- グロワス13世
- サンテネリ王国国王。宗教的情熱と領土拡大の野心に燃える若き王だったが、物語開始直前突然昏倒し、「ぼく」に憑依(?)される。前世の失敗経験から、自身を「無能」と断じ、優秀な臣下に全てを任せる「傍観の技術」を駆使する「判子係」に徹しようとするが、財政破綻や戦争、共和制の萌芽などの問題に対し徐々に当事者として関わるようになる。
- ブラウネ
- ルロワ家宰(宰相)フロイスブル家の娘。
- メアリ
- サンテネリ近衛軍監バロワ家の娘。
- ゾフィ
- ガイユール大公令嬢。
- アナリゼ
- サンテネリ東の大国”帝国”王家エストビルグの第一皇女。長年敵対関係にあったサンテネリ王国との和約の証として、グロワス13世との婚約が決まっている。
- ジュール・レスパン
- アキアヌ公領のレスパン男爵家の四男。後に王が民衆の前で行った演説(弾劾演説)を聴き、彼を「傑物」と認めつつも、民衆を扇動するその手法を「不正」と断じるなど、王に対して強い関心と反発を抱いている。
用語
国家
- サンテネリ王国
- 中央大陸西部に位置する大国。ルロワ王家が治める絶対王政。1000年以上の歴史があるもののグロワス12世の領土拡大路線が生み出した膨大な赤字により財政破綻寸前。
- 帝国
- サンテネリの東に国境を接する大国。エストビルグ、プロザン、シュトゥビルグ等複数の王国の集合体。国体は、名目上、巨大な諸侯たちが王号を名乗る緩やかな連合体であり、皇帝は選挙によって選ばれることになっている。しかし、実態としては帝位はエストビルグ家の世襲が続いており、エストビルグ家は皇帝であると同時にエストビルグ王国の王位を兼ねている。サンテネリ王国は敵国だったが、グロワス12世の治世末期、関係改善に乗り出した。
- プロザン王国
- 帝国を構成する王国の一。首都はベリオン。国王フライシュ3世のカリスマ的な指導のもと、強力な集権体制と軍事力を背景に各地で戦乱を起こす。エストビルグと紛争中。
- アングラン
- サンテネリの西、海を隔てた島国。中央大陸諸国の中で唯一、絶対王政ではなく貴族による合議体制を法制化している。新大陸利権をめぐりサンテネリと争う敵国。
地理
- 中央大陸
- サンテネリ王国を始めとする国家が位置する大陸。
- レムル半島
- 中央大陸南部に位置する半島。サンテネリ王国本土が位置する。
- ロワ河
- サンテネリ王国を東西に流れる河川。この河のほとりに西から東へガイユール公領ロワイヨブル、デルロワズ首府ルエン、バロワ首府ヴァノー、そして首都シュトロワなど主要な都市が栄えている。
- 中央山塊
- レムル半島中央に位置する山岳地帯。ロワ河の水源がある。
その他
- 魔力
- 正教において「人を従える力」と定義されるもの。自らを律し人を従える力。その大小が貴賤を定めるとされる。グロワス13世治世下ではすでに実在性が強く疑われており、社会階層を正当化するための権力装置に過ぎないとの認識が定説だが、社会的混乱を避けるため公然たる否定は控えられている。