江下孝 From Wikipedia, the free encyclopedia 江下 孝(えした たかし、明治43年(1910年) - 平成元年(1989年)6月11日[1])は、昭和時代の官僚。 福岡県出身。昭和10年(1935年)、東京帝国大学法学部を卒業後、高等文官試験に合格し、内務省に入省。東京府事務官を経て、秋田県・佐賀県にて県庁課長を歴任後、本省に戻る。その後、内務省の再編に伴い、厚生省、戦後、労働省に移る。職業安定局長を最後に退官。退官後は、労働福祉事業団理事、雇用促進事業団副理事長、中高年齢者雇用福祉協会会長を歴任した。1989年、肺炎のため死去[1]。 親族 江下忠:兄、東京帝国大学法学部卒、通商産業省東京通商産業局商工部長。 徳永久次:義弟、東京帝国大学法学部卒、経済企画事務次官、通商産業事務次官、新日本製鐵取締役副社長、石油公団総裁。 佐々木雄堂:義兄、佐賀市龍泰寺住職、大政翼賛会佐賀支部常任委員。 石井利雄:義従兄弟、海軍中尉、造船技師、日本ブラストマシン(現・JFEプラントエンジ)専務。 脚注 1 2 『現代物故者事典 1988~1990』(日外アソシエーツ、1993年)p.112 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 日本 Related Articles