江島伊兵衛

From Wikipedia, the free encyclopedia

江島 伊兵衛(えじま いへえ、1895年明治28年)4月10日 - 1975年昭和50年)10月10日)は、日本実業家能楽研究家。筆名荏寺 枚平(えじ まいへい)[1]

東京に生まれる[1]。幼名は銀次郎[2]。1912年に東京高等商業学校(現・一橋大学予科に入学し[3]、1917年に同校本科を卒業した[1][4]弓道部出身[5]

1918年に神田豊穂春秋社を設立[2]。同社の社長に就任する[6][7]。その後家業を株式会社化し[2]、1928年にわんや書店社長となる[8]。1935年に鴻山文庫を設立した[1]

1961年、わんや書店の会長に就任した[1]。松下塗料専務取締役、早稲田印刷監査役[2]野上記念法政大学能楽研究所顧問、宝生会理事なども歴任した[1]

著書[9][10]・論文も多く[11][12][13]、また、発行している雑誌『宝生』で「火曜研究会」と銘打った研究座談会を佐藤芳彦ともども主催して、能・謡曲の演者と研究者の交流の場を設けた[14][15]

1971年に勲四等旭日小綬章を受章している[16]。病気療養中の1975年に心筋梗塞のため死去した[17][18]

没後の1976年に旧蔵書が法政大学に寄贈され、法政大学鴻山文庫として保管された[19]

親族

妻の八重子は宝生流能役者宝生嘉内の五女[20]

脚注

参考文献

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI