江戸肥前掾 From Wikipedia, the free encyclopedia 江戸 肥前掾(えど ひぜんじょう、生没年不詳)は、江戸時代前期の浄瑠璃太夫である。幼名は伊之助後に七郎兵衛。肥前節を創始した事で知られている。 杉山丹後掾の長男として生まれる。父から浄瑠璃を学び、1661年(寛文元年)に「天下一江戸肥前掾」を受領される。同時に藤原清政の通称をもらう。 父の作風から発展した作品をからくり人形を取り入れ、軟派的な語り口で演じた浄瑠璃を生み出した。この作風は後に「肥前節」と呼ばれ、一躍有名となった。後に江戸でこの作風を取り入れた作品を上映した劇場を開園し、庶民たちを楽しませた。しかし、1682年(天和2年)に薩摩座のものとなり、閉館した。弟に江戸左近太夫がいた。 主な弟子 初代江戸半太夫 - 河東節が生み出すきっかけとなった半太夫節を創始した太夫。 出典 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『江戸肥前掾』- コトバンク 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『江戸肥前掾』- コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典(ブリタニカ・ジャパン)『江戸肥前掾(1世)』- コトバンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles