江戸高名会亭尽

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題名江戸高名會亭盡 編集
ジャンル浮世絵錦絵名所絵 編集
作者歌川広重 編集
江戸高名会亭尽
版画のシリーズ
題名江戸高名會亭盡 編集
ジャンル浮世絵錦絵名所絵 編集
作者歌川広重 編集
出版元藤岡屋彦太郎 編集
出版日1830年代 編集
本国日本 編集
作品または名前の言語日本語 編集
題材料亭 編集
アクセス状態オープンアクセス 編集

江戸高名会亭尽』(えどこうめいかいていづくし)は歌川広重による大判横錦絵で、江戸の高名な料理屋を取り上げた全30図の揃物である。

江戸では明暦の大火以後、大衆食堂のような料理屋が浅草や両国付近に登場し、さらに宝暦年間には手の込んだ料理を提供し座敷や庭のある高級料理茶屋が現れた。料理茶屋は参拝客や行楽客を見込んで名所の周辺に建てられ、書画会や句会なども開かれていた。地方の人間にとってこうした料理茶屋は一種の江戸名所となっており、これを題材とした見立番付や絵双六、そして錦絵が複数登場した。歌川国貞『当時高名会席尽』、渓斎英泉『当世会席尽』、三代豊国・広重合作『東都高名会席尽』、そして明治に入ってからも豊原国周『東京三十六会席』『開化三十六会席』などがあるが、なかでも有名なのが藤岡屋彦太郎を版元とする歌川広重の『江戸高名会亭尽』である[1][2] [3]

料理屋の座敷の様子だけでなく、建物の外観や庭園などが様々な季節の風景とともに表され、風景画の名手としての広重ならではの描写となっている。各図の扇形のなかには、それぞれの料理屋にちなんだ狂句が記されて興趣を添えている。題材には書画会や句会を行う人々の姿が複数登場しており、当時の料理屋が文人たちの交流の場としても活用されていたことをよく伝えている。取り上げた料理茶屋は八百善、平清といった高級どころから、白山の万金や浅草雷門前の亀屋のような即席料理を供する店までバランスよく含まれている[1][4]

作品一覧

江戸の料亭と水辺の関わり

脚注

関連項目

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