江戸高名会亭尽
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江戸では明暦の大火以後、大衆食堂のような料理屋が浅草や両国付近に登場し、さらに宝暦年間には手の込んだ料理を提供し座敷や庭のある高級料理茶屋が現れた。料理茶屋は参拝客や行楽客を見込んで名所の周辺に建てられ、書画会や句会なども開かれていた。地方の人間にとってこうした料理茶屋は一種の江戸名所となっており、これを題材とした見立番付や絵双六、そして錦絵が複数登場した。歌川国貞『当時高名会席尽』、渓斎英泉『当世会席尽』、三代豊国・広重合作『東都高名会席尽』、そして明治に入ってからも豊原国周『東京三十六会席』『開化三十六会席』などがあるが、なかでも有名なのが藤岡屋彦太郎を版元とする歌川広重の『江戸高名会亭尽』である[1][2] [3]。
料理屋の座敷の様子だけでなく、建物の外観や庭園などが様々な季節の風景とともに表され、風景画の名手としての広重ならではの描写となっている。各図の扇形のなかには、それぞれの料理屋にちなんだ狂句が記されて興趣を添えている。題材には書画会や句会を行う人々の姿が複数登場しており、当時の料理屋が文人たちの交流の場としても活用されていたことをよく伝えている。取り上げた料理茶屋は八百善、平清といった高級どころから、白山の万金や浅草雷門前の亀屋のような即席料理を供する店までバランスよく含まれている[1][4]。
作品一覧
- (1)王子 扇屋「狂句合 扇屋へ馴染になつた三の午」
- (2)白山傾城か窪 万金「狂句合 玉子も厚焼き 大鉢へ数万金 扇枩」
- (3)大をんし前 田川屋「狂句合 田川やの筏牛房に竹の箸」
- (4)新吉原衣紋坂日本堤 播磨屋「狂句合 播磨屋の門きよめにも赤穂しほ 左棟」
- (5)山谷 八百善「狂句合 八百善へ大社市と神を」
- (6)向嶋之図 平岩「狂句合 うしほ平岩だと誉る飲み仲間 扇松」
- (7)向島 大七「狂句合 川をへたて甲子と大黒屋 株木」
- (8)牛嶋 武蔵屋「狂句合 株木」
- (9)池之端 蓬莱屋 青楼花見の休み「狂句合 師は徐福子供花見にほうらい屋」
- (10)本所小梅 小倉庵「狂句合 下戸上戸 百人もすずむ 小倉庵」
- (11)隅田川橋場渡之図 柳屋「舟つきの柳屋四季のなかめまて 惟草庵」
- (12)柳ばし夜景 万八「狂句合 万八の 二階夏とハ うそのやう」
- (13)両国 青柳「狂句合 青柳は妙月高く花火の夜」
- (14)柳島(橋)の図 橋本「狂句合 橋本まで御紋橋本に七つ梅」
- (15)深川八幡前 平清「狂句合 平清で奢ったはてもうしほひら」
- (16)洲崎初日之出 武蔵屋「月に名のある 武蔵やも 今日の出 左棟」
- (17)芝神明社内 車屋「狂句合 書画会に 大人の集ふ 車轍楼 扇枩」
- (18)下谷広小路 河内楼「狂句合 お池通りにかつら河長印 扇松」
- (19)三囲之景 出羽屋「狂句合 鉄炮はえんりょ出羽屋で狐けん」
- (20)浅草雷門前 かめや「川柳狂句 蓬莱の腹を亀屋で呑直しかぶき」
- (21)日本橋万町 柏木「ゑもん繕ふ 柏木の女連レ 扇松」
- (22)両国柳橋 河内屋「狂句合 おつな業平河内屋へ度々通ひ ヒトヒ」
- (23)湯嶋 松金屋「狂句合 松金屋からはすに見る池の茶や」
- (24)雑司ケ谷之図 茗荷屋「狂句合 茗荷のすひ口 野暮からぬ 田舎味噌 錦糸」
- (25)深川八幡境内 二件茶屋「狂句合 駒下駄を さくらてつなく 二軒茶屋 二代目木卯」
- (26)両国柳橋 大のし「狂句合 大のしと 貸上下の 小てうちん 株木」
- (27)今戸橋之図 玉庄「狂句合 夜光の玉庄燈臺の百目掛」
- (27-異版)今戸橋之図 玉庄「狂句合 雨乞の 笠木の見ゆる 金波楼」
- (28)亀戸裏門 玉屋「狂句合 より花火めいた玉屋のべに生姜 二世木卯」
- (29)木母寺雪見 植木屋「狂句合 植木屋 松の魚」
- (30)両国柳ばし 梅川「狂句合 梅川へ のつと月の出 江戸芸者 錦糸」
