Wikiwand AI

江本晃一

From Wikipedia, the free encyclopedia

江本 晃一(えもと こういち、1966年7月5日[1] - )は、大阪府枚方市出身の元プロ野球選手(投手)[1]。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1966-07-05) 1966年7月5日(60歳)
身長
体重
183 cm
80 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
江本 晃一
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府枚方市
生年月日 (1966-07-05) 1966年7月5日(60歳)
身長
体重
183 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1984年 ドラフト4位
初出場 1987年4月29日
最終出場 1989年5月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
閉じる

来歴・人物

上宮高では、1学年下の西山秀二とバッテリーを組み、エースとして1984年春季近畿大会に進むが、1回戦で嶋田章弘を擁する箕島高に延長12回サヨナラ負け。同年夏は府大会で敗退し甲子園には出場できなかった。高校同期に笘篠賢治がいる。

1984年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから4位指名を受け入団[1]。1987年に中継ぎ要員として一軍デビューを果たし、10月には初先発勝利。この年3勝を記録した。同年8月9日の巨人戦には江本が先発する予定だった。しかし監督の星野仙一が前日までに投手を起用し過ぎて、翌日先発予定の江本までもが起用されてしまった。そこで7日に一軍に昇格したばかりの近藤真一が先発することとなった。だが近藤はそのプロ入り初登板でノーヒットノーランを達成することとなった。

1989年6月に白井孝幸・中村弘道との2対2の交換トレードで、西村英嗣と共に福岡ダイエーホークスへ移籍した[1]。1990年はA級サリナス・スパーズ(英語版)に野球留学し、7勝4敗の成績を残す。1991年限りで現役を引退[1]。同年秋のキャンプでは古巣である中日の入団テストを受験したが[2]、選手としての復帰には至らなかった。

引退後は中日の打撃投手を務めた後、様々な会社や職業を転々とし、2008年に新開トランスポートシステムズに入社する[1]。また野球講師や東京青山リトルシニアのコーチとしても活動をしている[1][3]。

詳細情報

年度別投手成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1987 中日 364000340--.42926964.05872611514029294.081.31
1988 120000000------5210.114571150010108.712.03
1989 30000000------112.010301120229.002.00
通算:3年 514000340--.42933276.173123623576041414.831.43
閉じる

記録

背番号

  • 58 (1985年 - 1989年途中)
  • 54 (1989年途中 - 同年終了)
  • 97 (1990年 - 1991年)
  • 122 (1996年 - 1998年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks