池田克己
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奈良県出身。1927年(昭和2年)、吉野工業学校建築科卒業。奈良県で写真館を経営。1931年(昭和6年)、小学校の師植村諦に初めて詩を見てもらい、詩作に励む。1934年(昭和9年)、第一詩集『芥は風に吹かれてゐる』を発刊。1936年(昭和11年)、上林猷夫、佐川英三らと詩誌『豚』を創刊、のち『現代詩精神』と改めた。1939年(昭和14年)、徴用令で中国に渡り、1941年(昭和16年)解除、上海で大陸新報社の記者となり『上海文学』を創刊、また草野心平らと詩誌『亜細亜』を出した。1945年(昭和20年)、帰国。1946年(昭和21年)上林の住む台湾有機合成株式会社大船工場社宅にて共同生活、のち大町に移り、1952年からは稲村ガ崎に住んだ[1]。1946年(昭和21年)上林、佐川らと『花』を創刊、1947年(昭和22年)6月小野十三郎、高見順らを編集に加え『日本未来派』を創刊し、編集人となった[2]。40歳で死去した。