池田孝一郎
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いけだ こういちろう 池田 孝一郎 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 出身地 |
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| 生年月日 | 1935年6月8日(90歳) |
| 血液型 | A型 |
| 最終学歴 | 早稲田大学第一文学部社会学専修卒 |
| 職歴 |
TBSチーフアナウンサー TBSアナウンス部長 TBS報道総局次長 など |
| 活動期間 | 1959年 - |
| ジャンル | スポーツ番組 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演経歴 |
TBSエキサイトナイター
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池田 孝一郎(いけだ こういちろう、1935年6月8日 - )は、日本のアナウンサー。TBS[注釈 1]アナウンサー第6期生。バーラム(オフィス「K・I」)、ワーサルに所属していた。
山口県生まれ[1][2]、新潟県西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)出身[3]。血液型A型。新潟県立巻高等学校を経て早稲田大学第一文学部社会学専修卒業。
1959年、ラジオ東京(1960年11月29日よりTBS[4])に第6期生アナウンサーとして入社(同期には石井智・川野昌宏・里見恭夫・新堀俊明・土屋統督・藤田和弘・料治直矢・相場君子・今井登茂子・加藤かな子・加藤珪子・土井誉子・蛭田玲子)[5][6]、主にスポーツ番組の司会や実況中継(野球、競馬、バレーボール)を担当し、1978年から8年間『JNNスポーツデスク』の司会を務めた[7][8][1]。報道局運動部兼ニュース部(1963年11月)[9]、報道局運動部兼アナウンサー研修室付(1967年11月)、ラジオ本部アナウンス室兼テレビ本部報道局運動部(1970年7月)、アナウンス室兼テレビ本部第二制作局スポーツ部(1979年12月)、ラジオ本部ラジオ局アナウンス部(1986年5月)、スポーツ局(1991年5月)、アナウンスセンター(1995年2月)に配属されて[8]チーフアナウンサー、アナウンス部長、スポーツ局次長、報道総局次長等を歴任[1]。1967年以降は新人アナウンサーの採用や研修も担当していた[1]。
1995年6月に定年[7][8]。退職後は、フリーとなり株式会社バーラムを設立(同時に代表取締役社長へ就任)。また、池田塾塾長、日本大学芸術学部放送学科・TBSアナウンススクール・専門学校東京アナウンス学院各講師、東京新潟県人会常務理事・文化教養委員長、NPO法人バレーボール・モントリオール会理事[10]を務める。
詳細情報
過去の出演番組
- フリーアナウンサー転身以降
- TBS在籍時代
- 各種スポーツ中継
- プロ野球中継
- TBSエキサイトナイター(ラジオ。『TBSナイター』開始の1963年には、実況を担当していた[11])
- 侍プロ野球(テレビ。タイトルは2012年現在のもの)
- バレーボール中継[7][8](1964年東京オリンピック・モントリオールオリンピック大会等を担当)
- 競馬中継[7][8](日本ダービー、有馬記念、G1レース全てを担当。1973年ダービー、1992年ジャパンカップなど)
- 競馬中継 走れ!ホリディ[8](『走れホリデー』とも表記[8]。1971年 - 1973年。ラジオ。『日曜ワイドラジオTOKYO』内で放送)
- モントリオールオリンピック大会(1976年7月。ラジオ)[8]
- プロ野球中継
- ほか
著書
- 競馬大全 栄光のサラブレッドたち(1989年、廣済堂出版)ISBN 4331502635
- 有名アナ12人が明かす知的な話し方 明日からスピーチが楽しくなるヒント(1997年、日本文芸社。編著書。大沢悠里ほか執筆)ISBN 4537025905
- 心に残る両親・親族・本人 披露宴のあいさつ(2011年、日本文芸社。協力者。編著者:立山章雄・監修者:武田靖子)ISBN 4537208805