池田省治
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いけだ しょうじ 池田 省治 | |
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2023年12月9日撮影 | |
| 生誕 | 富山県 |
| 国籍 |
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| 出身校 | 武蔵工業大学土木工学科[1] |
| 職業 | グラウンドキーパー |
池田 省治(いけだ しょうじ、1952年 - )は、日本のグラウンドキーパー (groundskeeper) で、同職の第一人者[2]。
黒部の太陽に影響され、大学では土木工学を学ぶ[3]。また、在学中には水上スキージャンプ種目の学生王者になった[3]。
1984年、オフィスショウ設立[4]。同社は当時イベント会社であり1989年のアメリカンボウル日本開催に携わったところ、選手滞在先の近場に天然芝のグラウンドが無かったため、訪日中のグラウンドキーパージョージ・トーマ (George Toma) に師事し[4][1]代々木公園陸上競技場を5ヶ月かけて整備した[5][3]。1994年からはトーマの推薦を受けて[1]スーパーボウルのグラウンドクルーとして活動し[6]、技術を磨いた。
その後はオフィスショウのスタッフと共に、国立競技場[7]、東京スタジアム、さいたま市大宮公園サッカー場[8][6]、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場[9] を始め、FC東京小平グランド[8]といったJリーグクラブの練習場の芝を管理している。
日本人サッカー選手がアウェーの芝にナーバスになるのは子供の頃から様々な芝でプレーした経験が乏しいからであって、その環境を提供できなかった大人に責任があると言い[5]、プロスポーツ用の芝だけでなく、FC東京からの要請や[8]鳥取県でのNPO法人技術顧問就任により、安価な芝による校庭の芝生化にも取り組んでいる[7]。