汲金純
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緑林の徒から馮徳麟配下となり、奉天巡防営で軍歴を重ねた。1913年(民国2年)、[1]陸軍第28師第56旅旅長となる。1915年(民国4年)9月、陸軍中将銜を授与された。1917年(民国6年)7月、反張作霖の兵を挙げた馮徳麟が敗北、失脚する。しかし汲金純は同年8月に張作霖から遼西臨時剿匪司令に任ぜられており、さらに同年11月、馮を後継する形で第28師師長に任命された。翌1918年(民国7年)には陸軍中将に昇進している。[2][3]
1921年(民国10年)6月、汲金純は蒙疆中路総司令に起用され、同年9月には熱河都統に抜擢される。1924年(民国13年)、奉天第4軍副軍長兼第9師師長となる。1926年(民国15年)10月、安国軍第15軍軍長に任命され、その翌月には、[4]綏遠都統に任命された。[3]1928年(民国17年)、奉天軍の撤退とともに、山海関警備司令に任命された。後に東北辺防司令長官公署参議に異動している。1948年(民国37年)、死去。享年72。[2]