河内義就
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1932年(昭和7年)に横浜国立大学の前身である横浜高等工業学校建築科に入学し、中村順平の弟子となる。1935年(昭和10年)の卒業後は逓信省経理局営繕課に就職、山田守の元で実務を経験した。
1939年(昭和14年)7月から終戦までは満州国に移籍し同国郵政総局経理科営繕技手仕官や技佐仕官として建築の活動を行う。第二次世界大戦後は被爆都市である広島において初の建築設計事務所であった暁設計事務所に所属し、広島の復興において活動した。
1951年(昭和26年)には独立して河内義就設計事務所を設立、広島を中心に建築設計をおこなうかたわら、日本建築学会や日本建築家協会など社会団体でも活動した[1][2]。