河辺慈篤
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略歴
河辺メモ
1994年1月1日、『創価新報』が、河辺慈篤が記録したとされるメモをスクープした。この時は主に「C作戦」関係の内容が掲載された[1]。
続いて1999年7月7日、憂宗護法同盟『同盟通信』に以下の記述が掲載された[2]。1978年2月7日東京常在寺住職(当時・後の第67世法主)日顕と河辺が帝国ホテルで面談したとされる内容である。
記載内容
S53.2.7. A面談 帝国H
一、戒旦之御本尊之件
戒旦の御本尊のは偽物である。
種々方法の筆跡鑑定の結果解った。(字画判定)
多分は法道院から奉納した日禅授与の本尊の
題目と花押を模写し、その他は時師か有師の
頃の筆だ。
日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている
一、Gは話にならない
人材登用、秩序回復等全て今後の宗門の
事ではGでは不可能だ。
一、Gは学会と手を切っても又二三年したら元に戻
るだらうと云う安易な考へを持っている。
※日禅授与の本尊は、初めは北山にあったが北山の
誰かが賣に出し、それを応師が何処で発見して
購入したもの。(弘安三年の御本尊)
日蓮正宗側の主張
創価学会側の主張
大御本尊偽作説派の主張
- 記述通り大御本尊と日禅授与本尊との類似がみられ、大御本尊は偽作なのではないか[5]。