治山正史
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岡山県生まれ。「はるやま洋服店」を創業し、関西に紳士服チェーンを築いた父の跡を2003年継ぎ、全国にグループ400店舗以上にまで拡大。趣味はゴルフと読書、座右の銘は「受け継ぎて、国の司の身になれば、忘るるまじきは民の父母」(上杉鷹山)、「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」(坂本龍馬)。尊敬する人物は父、秋山好古、坂本龍馬。「弊社がなくなると生活が不便だなと思われる『インフラ企業』を目指している」[1]。
2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大よる経営不振を理由に、その年の株主総会で、名誉会長に退いていた父や大株主である姉妹によって自身を含む経営陣の退任を要求された。一族対立が浮き彫りとなったが、過半数の支持が得られず正史の再任が承認された[2]。
エピソード
- 幼少期はまだ父の事業がまだチェーン化しておらず、実家は商店街の小さな洋服店だった。1~2階が売り場で、3~4階が住居、父母が共働きで切り盛りしていたという。「正史」の名の由来は、母に「正しく生き、歴史をつくれ」と言われたこと。「照れくさいのですが、子どもの頃から今もずっと、歴史に貢献することを考えて生きています」と語っている[3]。
- 地元の岡山大学に進学後、東京に行きたいと考え、立教大学に入学した。父の事業は好調だったが、父は厳しかったため、仕送りはなかった。正史は木造四畳半のアパートで生活し、強い西日があたっても「日焼けサロンの代わりにちょうどいい」とポジティブに考えた。4年間、様々なアルバイトに精を出し、なかでも交通量調査に携わったことを記憶しているという。排ガスで胸が苦しくなり、自動車のナンバープレートを12時間見続け、日当の6000円を眺め「これがおカネを稼ぐことか……」と考え込んだ[3]。