波島進

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 小倉 正則
生年月日 (1922-10-03) 1922年10月3日
没年月日 1995年
なみしま すすむ
波島 進
波島 進
姿三四郎』(東映、1955年)
本名 小倉 正則
生年月日 (1922-10-03) 1922年10月3日
没年月日 1995年
出生地 日本の旗 日本 鹿児島県鹿児島市
職業 俳優
ジャンル 映画テレビ映画
活動期間 1951年 - 1971年
配偶者 川口節子
著名な家族 小倉加代(長女)
主な作品
映画
どたんば
爆音と大地
テレビ映画
特別機動捜査隊
テンプレートを表示

波島 進(なみしま すすむ、1922年10月3日 - 1995年月日不詳)は、日本俳優鹿児島県鹿児島市出身[1]。本名は小倉 正則(おぐら まさのり)。妻は川口節子、娘は小倉加代

1950年に太泉映画のニューフェイスに合格し、翌1951年に『わが一高時代の犯罪』でデビューする。その後、1953年の『早稲田大学』での役名「波島進」を芸名とし、東映現代劇のスターの一人として活躍した。1959年、『捜査本部』、『七色仮面』の主演に抜擢され、草創期のテレビ映画にも進出した。

特に1961年からスタートした『特別機動捜査隊』では、ソフト帽がトレードマークの「立石班」リーダー・立石主任刑事役を演じ、黎明期のテレビ番組でお茶の間に人気を博した。また俳優業の傍ら事業家としても活躍、正栄株式会社社長を務めた。

1971年、すでに唯一のレギュラーだった『特別機動捜査隊』を降板して、芸能界を引退した。その後は実業家として、栃木でボウリング場やパチンコを経営し、東京ではマンションを経営した[2]

鹿児島出身という影響もあり、台詞回しのアクセントイントネーションに独特の「訛り」があった。

1995年死去[3]

主な出演

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI