編者、成立年代ともに未詳ながら、『今昔物語集』の典拠の一つと考えられることから、遅くとも12世紀はじめには成立したとみられる。上・中・下の三巻。上巻は中国故事、中巻は仏とその弟子の事績、下巻は動物にまつわる説話を収める。
説話の大半は先行文献からの抄録とみられ、文学としての説話集というより、資料集・類書としての性格が想定される[1]。序文に「譲小童(小童ニ譲ル)」と記される通り、公家や僧侶の子弟に対する教育書として編集・使用されたと考えられる[2]。
成立後の流布状況は未詳ながら、『今昔物語集』や『私聚百因縁集』などの仏教説話集の典拠となった。
文体は和習を含む漢文体。東寺観智院本、金剛寺本には訓点が付され、当時の訓読の方法が知られる。