淳和天皇の天長年間(824年 – 833年)に弘法大師が開基し、自作の薬師如来を本尊として安置した[3]との伝えがあるが詳細は不明。現薬師堂の横には、弘法大師が袈裟を掛けたとされる松がある。
天文22年(1553年)上田原の戦いの際、鷹住根城落城と共に武田軍の兵火にあい、講堂、庫裏等を焼失する。わずかに本堂(現薬師堂)を残すのみとなった。天正5年(1577年)憲勤により再建。憲勤は中興第一世となる[3]。以来、高野山金剛三昧院の末寺であったが、現在は金剛峯寺を本山とする高野山真言宗の寺である。
現薬師堂は江戸末期に建てられた[2]ものである。