津和野百景図
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石見国津和野藩である亀井家14代目当主亀井茲常(かめいこれつね)が、最後の藩主であった亀井茲監の業績をまとめさせた「以曽志乃屋文庫(いそしのやぶんこ)」、その中に収められた文書のひとつが津和野百景図である。藩内の名所や風俗、食文化などを100枚の絵と詳細な解説を加えた全5巻[4]の構成となっている。1巻の幅は約30㎝、広げると長さは約10メートルになる[5]。
津和野百景図は、藩主の側に仕えて茶礼と茶器を扱う仕事(御数寄屋番)を努めた栗本格齋が、亀井家の依頼を受けてまとめ[6]、1917年(大正6年)7月に完成させた[7]。
「鷺舞」「流鏑馬」「津和野城跡」「津和野藩校養老館」など、津和野ならではの街並みや伝統行事、桜や紅葉の名所、鮎が泳ぐ川など自然景観を残した資料である[3]。
沿革
栗本格齋は1845年(弘化2年)に生まれ、後に栗本家の養子となり、津和野藩に御数寄屋番として仕えた。廃藩後、1896年(明治29年)に津和野を出て京都へ移った[8]。津和野百景図は、京都に栗本格齋が移り住んだ後に亀井家14代当主亀井茲常からの依頼で描かれたものである。
津和野百景図の各絵図裏面の解説文には1910年(明治43年)、1911年(明治45年)、1913年(大正2年)の月が示されていることから、1910年から1913年の4年間で描かれたことがわかり、津和野百景図の序文から、1917年(大正6年)7月までにまとめられたことがわかる[9]。
津和野百景図は亀井家が所蔵した「以曽志乃屋文庫」に収められ、2002年(平成14年)に亀井氏から津和野町教育委員会に寄贈された[10]。