津田鳳卿 From Wikipedia, the free encyclopedia 津田 鳳卿(つだ ほうけい、1779年(安永8年) - 1847年6月6日(弘化4年4月23日))は江戸時代後期の加賀藩士。字は邦儀、通称は亮之助、梧崗と号した。 加賀藩校明倫堂の助教、御馬廻、書物奉行、南土蔵奉行などを歴任[1]。博覧強記で知られ[2]、和漢の書において渉猟せぬことなしとされた[1]。 藩侯の命によって古文書を収集し、『汲古合編』を編纂。また『韓非子解詁全書』を著した[1]。1847年(弘化4年)、享年69をもって没[1][2]。 脚注 1 2 3 4 『加能郷土辞彙』583-584頁 1 2 『金沢墓誌』37頁 参考文献 和田文次郎『金沢墓誌』(加越能史談会,1919) 日置謙 編『加能郷土辞彙』(金沢文化協会,1942) 関連資料 石川県『石川県史 第3編』(石川県図書館協会,1974)309頁 家臣人名事典編纂委員会編『三百藩家臣人名事典 第3巻』(新人物往来社,1988)228頁 ISBN 4404015038 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館アメリカ日本学術データベースCiNii BooksCiNii Research この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles