洪憲
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辛亥革命後、中華民国の実権を握った袁世凱は皇帝即位を画策した。「皇帝即位計画」は「籌安会(ちゅうあんかい)」と呼ばれる諮問機関に諮られた。同会は「中国は民主制より君主制の方が良い」という米国のフランク・ジョンソン・グッドノー(Frank Johnson Goodnow)や日本の有賀長雄などを政治顧問に迎えたものであった。この会は「全国請願連合会」を結成し、袁世凱の皇帝即位を後押しした。その結果、「万民の皇帝即位の請願は拒みがたく」、1915年12月12日、袁世凱は北京の中南海にある懐仁堂で皇帝即位を宣言した。
袁世凱の皇帝即位に対する大反対運動は、直後から中国各地で勃発した。蔡鍔は革命軍を組織し、全国で反対運動を展開した(護国戦争)。その結果、1916年3月22日には袁世凱は皇帝退位を宣言、中国は民政に復帰した。この一連の事件を「第3革命」と呼ぶ。