浄心
名古屋市西区の地名
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地理
歴史
町名の由来
沿革
- 1915年(大正4年)11月4日 - 名古屋電気鉄道上江川線が開通し、浄心前停留所が終着駅として設置される[4]。
- 1932年(昭和7年)5月1日 - 西区北押切町・児玉町の各一部により、同区浄心町が成立する[1]。
- 1939年(昭和14年)8月10日 - 北押切町の一部を編入する[1]。
- 1947年(昭和22年)
- 1980年(昭和55年)10月12日 - 西区浄心一丁目が江川端町・江川横町・上名古屋町・浄心町・浄心本通・柳町・北押切町の各一部、浄心二丁目が浄心町・北押切町・児玉町・柳町の各一部によりそれぞれ成立する[1]。また、浄心町は児玉一丁目および同二丁目・天神山町・花の木三丁目にそれぞれ編入され消滅[1]。
- 1981年(昭和56年)11月27日 - 名古屋市営地下鉄鶴舞線浄心駅が開業する[5]。
- 1983年(昭和58年)8月28日 - 浄心一丁目に浄心本通の一部が編入される[1]。
交通
1915年(大正4年)、名古屋市交通局の前身である名古屋電気鉄道が上江川線を延長し、浄心前(のち浄心町と改称)停留所を設置した[6]。1930年(昭和5年)には浄心車庫が開所するなど、交通の要衝として付近は発展を遂げたとされる[6]。浄心町停留所を経由する路線は1961年(昭和36年)4月の時点で前述の上江川線のほか、浄心延長線・押切浄心連絡線があり、熱田駅前・覚王山・上飯田行の3系統が運行されていた[7]。上江川線および浄心延長線については1971年(昭和46年)4月1日[4]、押切浄心連絡線については翌年3月1日に廃止された[4]。軌道系交通はこの2路線の廃止により、暫く当地から姿を消していたが、1981年(昭和56年)の地下鉄鶴舞線の延長開業に伴い、浄心駅が設置されたことで復活している[5]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。なお、小学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
| 丁目 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 浄心一丁目 | 名古屋市立上名古屋小学校 名古屋市立児玉小学校 | 名古屋市立浄心中学校 | 尾張学区 |
| 浄心二丁目 | 名古屋市立児玉小学校 |
施設
浄心一丁目
- 名古屋市西生涯学習センター[2]
- 1番45号[8]。1985年(昭和60年)7月、西社会教育センターとして設置[8]。1997年(平成9年)4月、西生涯学習センターと改称[8]。2016年(平成28年)4月、指定管理者制度を導入[8]。鉄筋コンクリート造3階建で、延床面積は2,391.38平方メートル[8]。
- 名古屋市営地下鉄浄心運転区[2]
- 名古屋市営バス浄心営業所[2]
- 名古屋市住宅供給公社
- 平安会館浄心斎場
- 若葉どんぐりひろば
- 中部電力パワーグリッド浄心変電所
- 中部電気保安協会名古屋北事業所
- あいち銀行浄心中央支店
- 名古屋市西生涯学習センター
- 名古屋市営バス浄心営業所
- 名古屋市住宅供給公社

