浅井信雄
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新潟県長岡市出身。新潟県立長岡高等学校、東京外国語大学インド・パーキスターン語学科卒[2]。
1958年読売新聞社入社。海外特派員としてジャカルタ、ニューデリー、カイロ各特派員を経て、1978年から1981年までワシントン支局長。1981年に読売新聞社を退社。
その後はジョージタウン大学研究員、野村総合研究所在米コンサルタント、1983年に東京大学、東京外国語大学各講師、三菱総合研究所研究員、財団法人中東調査会理事を歴任。
1987年から1998年まで、神戸市外国語大学国際関係学科教授(国際政治学)。
2015年3月6日、前立腺癌のため静岡県内の病院で死去[3]。79歳没。湘南在住であった[4]。喪主は妻が務めた[5]1。