浅井政元 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文17年(1548年)死没 天正元年9月1日(1573年9月26日)官位 玄蕃頭 凡例浅井 政元時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文17年(1548年)死没 天正元年9月1日(1573年9月26日)官位 玄蕃頭主君 浅井長政氏族 浅井氏父母 父:浅井久政、母:不明兄弟 長政、政元、政之、岡崎安休、治政、阿久姫、大弐局、京極マリアテンプレートを表示 浅井 政元(あざい まさもと)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。浅井氏の家臣。 浅井久政の次男として誕生。浅井家の財政管理を行っていたという。また、智謀にも優れ、参謀役として兄・長政を補佐した。 天正元年(1573年)、羽柴秀吉を総大将とする織田軍の小谷城攻め(小谷城の戦い)で、落城寸前まで戦い抜き自害した。享年26。 系譜 『寛政重修諸家譜[1]』には記載がない。 『柳営婦女伝[2]』には記載がない。 『諸家系図纂(続群書類従)[3]』には記載がない。 『東浅井郡誌[4]』では『浅井三代記』に登場する海津長門守政元が「亮政聟」とされていることから、海津政元というのは、久政の娘婿で海津を本拠とする田屋氏の出身の浅井明政の「偽名」であるとしている。 ウィキソースには、浅井三代記/海津信濃守政義謀叛の事の原文があります。 出典 ↑ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年4月19日閲覧。 ↑ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年4月19日閲覧。 ↑ “国立公文書館デジタルアーカイブ”. 2024年4月19日閲覧。 ↑ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年4月19日閲覧。 Related Articles