浅井昭衛
日本の宗教家 (1931-2023)
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生涯
浅井甚兵衛の長男として東京都に生まれる。戦後の1947年(昭和22年)、16歳の時に立正安国論を読んで本格的に日蓮正宗の信仰に目覚めた。当時の彼の指導教師であった中島日彰・品川妙光寺住職(能化、元・管長代行。円妙院日彰)から、大石寺26世日寛の六巻抄の個人講義を受け、大石寺教学の基礎を学んだ。
その後、早稲田大学政治経済学部に進学するも中退。法道院法華講の青年部長、妙信講青年部長、同本部長を歴任し、顕正会会長となる。全国法華講連合会の統制に抵抗し、日蓮大聖人の遺命について、創価学会および大石寺と全面的に対立するに至った。
2023年(令和5年)10月25日、顕正会の機関誌である『顕正新聞』において、10月16日未明に死去したことが公表された[1]。91歳没。同紙に掲載された次男・浅井城衛(顕正会理事長、現会長)のコメントによると、数年前から体力の衰えは窺われながら会長としての指揮を続けていたが、同年9月に開催された同会総幹部会での講演を終えた翌々日に体調を崩し、治療・療養していた中での臨終であったという[1]。
代表的な著作
- 『立正安国論謹講』冨士大石寺顕正会、1988年7月。
- 『日蓮大聖人の仏法 ――折伏理論解説書』日蓮正宗顕正会、1989年6月。全国書誌番号:21146000。
- 『日蓮大聖人の仏法 ――折伏理論解説書』(改訂版)日蓮正宗顕正会、1999年11月。 NCID BB03103689。
- 『なぜ学会員は功徳を失ったか』日蓮正宗顕正会、1990年9月。全国書誌番号:91056286。
- 『「学会・宗門」抗争の根本原因 創価学会と宗門は癒着して御遺命を破壊した!』日蓮正宗顕正会、1991年10月。 NCID BN08602476。全国書誌番号:92008920。
- 『顕正会の歴史と使命』日蓮正宗顕正会、1993年12月。 NCID BA56814881。
- 『日本国民に告ぐ! 日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ』顕正新聞社、1997年7月。 NCID BA41463965。全国書誌番号:20002679 全国書誌番号:98086833。
- 『正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む』冨士大石寺顕正会、2002年12月。全国書誌番号:22976635。
- 『日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ』冨士大石寺顕正会、2004年4月。 NCID BB03036468。全国書誌番号:20612570。
- 『南無日蓮大聖人』(6版)冨士大石寺顕正会、2015年7月。全国書誌番号:22990404。
- 『基礎教学書 日蓮大聖人の仏法』冨士大石寺顕正会、2015年10月。全国書誌番号:22715901。