東京都荒川区東尾久に生まれ、西尾久で育つ[1]。小学生のころから漫画を描くことが好きだった浅沼だが、高校を中退し、千代田工科芸術専門学校漫画科に入学した時には「夢よりも現実を考える年齢」であったため、「漫画家になれるとは本気で思ってなかった」[1]。サラリーマンになりたくないと考えた浅沼は、ホストクラブの面接を受ける[1]。しかし面接で衣服を自分で揃えるよう言われ、金がなかった浅沼は、賞金を目当てに4コマ漫画新人賞に応募した[1]。その応募作「少年とニワトリ」で第7回谷岡ヤスジ賞で大賞を受賞[1]。その後仕事の注文が殺到したため、ホストクラブではなくプロの漫画家として活動する[1]。
ベタ塗りやカラーの作業は妻が手伝っている[1]。