浅野吉次郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 浅野吉次郎 浅野 吉次郎(あさの きちじろう、1859年6月14日(安政6年5月14日) - 1926年(大正15年)2月26日[1])は、尾張国名古屋出身の発明家。 尾張藩の御用桶業者の浅野文六の次男として、1859年上畠町において生まれる[2]。次男ではあったが、家業を13歳で継ぐこととなる[2]。イギリス製の茶箱に着想し、木材板の製造を志す[3]。1907年(明治40年)、マッチの軸木製造機を元にロータリー式ベニヤ板(浅野式合板)の製造に成功する[3]。この発明に成功した日は11月3日とされており、この日は合板の業界団体である日本合板工業組合連合会とNPO法人木材・合板博物館が共同で「合板の日」として制定している[4]。1910年(明治43年)に特許を取得した[3]。浅野木工場は吉次郎の死後、1930年(昭和5年)に閉鎖されている[3]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『明治の名古屋人』名古屋市教育委員会、1969年、p.152。 1 2 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 1991, p. 405. 1 2 3 4 上田藤十郎 1954, p. 53. ↑ “「合板の日」記念式典の開催について”. 日本合板工業組合連合会. 2017年2月20日閲覧。 参考文献 上田藤十郎 著「浅野合板工場址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、53頁。 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles