浦戸海軍航空隊
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- 1944年(昭和19年)
- 1945年(昭和20年)
- 3月1日 - 19連空解散。呉鎮守府隷下第21連合航空隊に転籍。土佐湾沿岸防備隊を編制し、陣地構築に従事
- 4月1日 - 甲飛第16期入隊(最後の予科練生)
- 6月1日 - 予科練教育凍。陸戦・特攻訓練に教程変更
- 7月15日 - 解隊
オリンピック作戦とコロネット作戦の合間に、陽動のための土佐湾上陸戦が起きることを想定し、海軍は桂浜に程近い浦戸地区に回天と震洋を配備するとともに、土佐湾沿岸防備隊を編制して地上戦に備えることとなった。卒業を果たせなかった全生徒は、土佐湾沿岸防備隊に転属を命じられ、地上戦訓練を強いられた。 アメリカ軍は、オリンピック作戦に先立っての陽動作戦として、8万人の大軍をもって1945年10月末に高知県に侵攻する「パステル作戦」を敢行することを決定していた。
主要機種
教育訓練部隊のため、航空機の配属はない。
