海美邑城
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歴史
海美邑城は朝鮮王朝初期に建設された城で、1417年(太宗17年)に築城が開始され、1421年(世宗3年)に完成した。もともとは海美内廂城といい、倭寇の出没に対応するための軍事的目的で建築された城である。忠清道兵馬節度使がこの城に駐屯したのもそのためである。15世紀後半の世祖代、軍事制度は鎮管体制に改編されたが、この城は忠清道地域の主要軍事拠点として役割を引き続き果たした。この城に駐在した軍官の中に李舜臣がいる。李舜臣は1578年(宣祖12年)に兵営の軍官として赴任し、10ヶ月間勤めた。
1651年(孝宗2年)、兵馬節度使は清州に移転した。かわって海美県の役所(県衙)が移転し、海美邑城と呼ばれるようになった。この城は湖西左営として地方行政の中心としての役割を果たすようになる。
近代に入ってもひきつづき行政官庁が置かれていたが、日本統治時代の1914年に行われた郡の統廃合によって海美郡は瑞山郡に統合された。以後には城内は市街化し、面事務所(村役場)、初等学校、民家などが建てられるようになった。
1963年、史跡指定される。1970年代から復元工事が始まり、城内に建てられていた建築物を撤去して、かつての東軒、客舎、内衙などを復元した。
