深山の乙女 (1917年の映画)

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1916年(大正5年)にユニバーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)の子会社として設立されたブルーバード映画が、1917年に製作し、ユニバーサル社が配給して、同年12月3日にアメリカ合衆国で公開された[1]ロケーション撮影ペンシルベニア州で行った[1]

日本では、播磨勝太郎が1916年に設立した播磨ユニヴァーサル商会が独占配給し[2]1918年(大正7年)3月30日[3]に東京・浅草公園六区帝国館を皮切りに全国で公開された[4]。同年8月、帰山教正映画芸術協会が同名のオリジナルシナリオによる映画『深山の乙女』の製作を開始、翌1919年(大正8年)9月13日、天然色活動写真(天活)が配給・公開している[5]

現在、本作の上映用プリントは現存しないと推測されている[6]

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