龍谷大前深草駅
京都府京都市伏見区にある京阪電気鉄道の駅
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概要
歴史
創業時から車庫が併設された拠点駅で、1917年(大正6年)には隣接する深草車庫の検車庫・事務所、留置車両10数両が全焼する火災が発生している。戦争中の一時期、急行停車駅であった。戦後、列車無線基地局が設置される。東福寺変電所の改修工事では移動変電所が配置された。1960年代末より、橋上駅舎への建て替えと、留置線スペースを転用したホームおよび待避線の延長が実施された。1980年(昭和55年)3月の淀車庫の完成により深草車庫は廃止され[2]、駅東側に留置線2本が残されたが、のちに1線を撤去してホームが拡張された。2010年代に入り、橋上駅舎のバリアフリー設備設置工事も兼ねた建て替えが開始され、2016年(平成28年)3月末より2代目橋上駅舎の使用が開始された[3]。
橋上駅舎の建て替え工事
2000年代までの駅舎はバリアフリー設備はなく西口と改札階を結ぶスロープがあるだけ[4]、また待避線(1番線・4番線)は8両編成の列車が待避可能ながらホーム有効長は7両分しかなかった。これは、
- ホームの幅が狭いために、橋上駅舎への階段を出町柳寄りホーム端部に設置せざるを得ないことから1両分のホームの用地が犠牲になっている
- ホーム南側は京都府道201号中山稲荷線(通称「第1軍道」)の古い跨線橋が覆う形となっている
という二つの理由で8両編成分のホームへの延伸ができず、またホームの狭さゆえにバリアフリー設備の設置が困難だったことによる。これを解消するため、国土交通省の鉄道駅総合改善事業による補助を受けて、京都市が車椅子対応のエレベーターなどのバリアフリー設備の設置を計画した[5]。2014年度着工・工期約3年で従来の駅舎の南側にエレベーター4基を持つ新橋上駅舎を新築することが決定、それに併せてホーム幅も2m拡張される[6]。なお工事の事業主体は京阪グループの第三セクターである中之島高速鉄道となり、実際は京阪が受託する形で行われる[7]。
年表
- 1910年(明治43年)
- 1935年(昭和10年)6月29日:鴨川水害で軌道や駅舎の破損で当駅-三条駅間が不通に、7月1日七条駅まで運転再開[9]。
- 1943年(昭和18年)10月1日:会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。
- 1944年(昭和19年)7月16日:急行停車駅となる[10]。
- 1946年(昭和21年)2月15日:急行運転が復活するも急行は通過駅になる[11]。
- 1949年(昭和24年)12月1日:会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。
- 1963年(昭和38年)11月16日:駅の移設工事に伴い隣接する車庫線の一部を廃止[12]。
- 1964年(昭和39年)3月15日:駅を現在の位置に移設、5月15日新駅舎の使用を開始[13][8]。
- 1971年(昭和46年)8月15日:橋上駅舎化[8]。
- 1980年(昭和55年)3月17日:隣接する深草車庫の廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)12月25日:ホーム・階段の幅を1メートル拡張。この用地確保のため、東側に残っていた留置線2本のうち1本を撤去[14]。
- 1988年(昭和63年)8月28日:自動改札機設置[15]。
- 2011年(平成23年)12月17日:ホームに異常通報装置を設置[16]。
- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年)
- 2019年(令和元年)10月1日:駅名を龍谷大前深草駅に変更[1][23][24]。
駅構造
特徴
利用状況
2024年(令和6年)度の1日平均乗降人員は8,147人である。
大学生の利用が中心であるため開講期間の平日の利用は多いが、休講期間や休日の利用が少ないため年間の平均値としては周辺の他駅と同等かやや少ない程度となっている。新型コロナウイルスの影響で多くの講義がリモートで行われていた2020年度は乗降客数が極端に落ち込み、同年度に限れば京阪本線内でも最少クラスとなっていた。一方で2021年度は前年度からの増加率が40%以上と最も高くなった。
近年の1日平均乗降人員の推移は下表の通り。
年間利用状況
各年の利用状況は下表の通り。府の統計書では年度別乗車人員が、市の統計書では年次別乗車人員・降車人員が公表されている。
下表内の数値の単位は全て「千人」である。
| 年度/年次 | 年度別 乗車人員 |
年次別 | 出典 | |
|---|---|---|---|---|
| 乗車人員 | 降車人員 | |||
| 1991年(平成3年) | 2,541 | - | [京都府 1] | |
| 1992年(平成4年) | 3,014 | [京都府 2] | ||
| 1993年(平成5年) | 2,969 | [京都府 3] | ||
| 1994年(平成6年) | 2,929 | [京都府 4] | ||
| 1995年(平成7年) | 2,713 | [京都府 5] | ||
| 1996年(平成8年) | 2,747 | [京都府 6] | ||
| 1997年(平成9年) | 2,566 | [京都府 7] | ||
| 1998年(平成10年) | 2,456 | [京都府 8] | ||
| 1999年(平成11年) | 2,366 | [京都府 9] | ||
| 2000年(平成12年) | 2,325 | [京都府 10] | ||
| 2001年(平成13年) | 2,268 | [京都府 11] | ||
| 2002年(平成14年) | 2,232 | [京都府 12] | ||
| 2003年(平成15年) | 2,171 | [京都府 13] | ||
| 2004年(平成16年) | 2,115 | [京都府 14] | ||
| 2005年(平成17年) | 1,975 | [京都府 15] | ||
| 2006年(平成18年) | 2,140 | [京都府 16] | ||
| 2007年(平成19年) | 2,113 | 2,098 | 2,055 | [京都府 17] |
| 2008年(平成20年) | 2,118 | 2,126 | 2,107 | [京都府 18] |
| 2009年(平成21年) | 2,109 | 2,121 | 2,107 | [京都府 19] |
| 2010年(平成22年) | 1,994 | 2,005 | 2,002 | [京都府 20] |
| 2011年(平成23年) | 2,112 | 2,141 | 2,092 | [京都府 21] |
| 2012年(平成24年) | 1,993 | 1,999 | 1,963 | [京都府 22] |
| 2013年(平成25年) | 2,202 | 2,137 | 2,184 | [京都府 23] |
| 2014年(平成26年) | 1,918 | 1,864 | 1,834 | [京都府 24] |
| 2015年(平成27年) | 2,215 | 2,189 | 2,183 | [京都府 25] |
| 2016年(平成28年) | 1,973 | 1,973 | 1,842 | [京都府 26] |
| 2017年(平成29年) | 2,006 | 2,006 | 1,903 | [京都府 27] |
| 2018年(平成30年) | 2,008 | 2,007 | 1,979 | [京都府 28] |
| 2019年(令和元年) | 1,977 | 1,978 | 1,919 | [京都府 29] |
| 2020年(令和2年) | 550 | 550 | 539 | [京都府 30] |
| 2021年(令和3年) | 1,344 | 1,345 | 1,291 | [京都府 31] |
| 2022年(令和4年) | 1,651 | 1,651 | 1,586 | [京都府 32] |
| 2023年(令和5年) | 1,526 | 1,526 | 1,522 | [京都府 33] |
| 2024年(令和6年) | 1,879 | 1,879 | 1,873 | [京都府 34] |
駅周辺
東側入り口前に飲食店が数軒あり、JR奈良線の踏切を渡った先には五百羅漢の石仏で知られる石峰寺・京都最古の多宝塔の残る宝塔寺がある。西側入り口前に自転車置き場と駐車場があり、すぐ近くに小学校、そこから少し西へ進むと京都府警察学校と龍谷大学がある。
名神高速道路にある深草バスストップ(京都深草)は同じ深草を名乗る当駅から約1 kmの距離にあるが、京阪本線におけるバスストップの最寄駅は隣の藤森駅である。なお路線バスの最寄り停留所は駅から西に徒歩3分の師団街道沿いにある京都市バス南5号系統の「警察学校前」である。
- 稲荷駅(西日本旅客鉄道奈良線)
- 龍谷大学深草学舎、短期大学部
- 京都市立砂川小学校
- 京都府警察学校
- 京都地方法務局伏見出張所
- 京都市立京都工学院高等学校(立命館中学校・高等学校跡地)
- 京都聖母学院中学・高等学校
- 東口前(2008年1月)
- 西口前(2008年1月)
