清原雄風 From Wikipedia, the free encyclopedia 清原 雄風(きよはら おかぜ/たかかぜ、1747年[注 1](延享4年)- 1810年9月18日(文化7年8月20日))は、江戸時代中期から後期の歌人、医師である。本姓は森、通称は忠次郎。字は伯高。号に崑岡、楊柏等がある。 豊後の岡(現在の大分県竹田市)生まれ。初めは亀井南冥から医学を学び、「小沢玄達」の名で父の後を継いで岡藩付の医師を務めた。のち脱藩して、下総の香取等東日本を中心に全国を行脚する。 江戸に入り、加藤千蔭や村田春海らと親交を持ち、歌学を学んだ。その後は多くの著書や歌集を出版し、歌人として名を馳せた。晩年には角田九華が著した『続近世叢語』によって伝えられた、洗顔や整髪を行わず書斎に居住するといった、雄風の奇行が今日も受け継がれている。 主な著作物 『怜野集』- 雄風の代表的著書。全12巻からなり、『万葉集』や『古今和歌集』等を勅撰した和歌集。春夏秋冬、恋歌、雑歌に分類され、その歌数は約15000首に及ぶ。1806年(文化3年)に刊行。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 1743年(寛保3年)とする説もある。 出典 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『清原雄風』- コトバンク 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『清原雄風』- コトバンク 美術人名事典(思文閣)『清原雄風』- コトバンク 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 日本 学術データベース CiNii Books CiNii Research この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 Related Articles