清川泰次
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1919年(大正8年)5月6日、静岡県浜松市にて生誕。1936年、浜松第一中学(現浜松北高校)4年修了後、慶應義塾大学経済学部予科に入学し、油彩画を始めていく。大学在学中は写真部に所属していた。
1944年に慶應義塾大学を卒業し、戦後はアメリカやヨーロッパ、アジア各地を訪問していく。1947年に二科展に初入選し、浜松市で初の個展を開催する[2]。
1949年には世田谷区の成城にアトリエ兼住居を構え、1951年に渡米しシカゴの画廊で個展を開催し、1954年にタイやエジプト、インドなどを周遊後、帰国。帰国後は、「今日の新人展」(神奈川県立近代美術館)や読売アンデパンダン展等に出品していった。1963年に再渡米し、3年間の渡米制作を経て帰国し、1980年に東京セントラル美術館にて「清川泰次の世界」展を開催、1983年には第6回安田火災東郷青児美術館大賞を受賞。
1995年5月に静岡県榛原郡御前崎町(現御前崎市)に自作約400点を寄贈し、清川泰次芸術館を開館する。2000年8月6日午後10時、虚血性心疾患のため世田谷区成城の自宅で死去。享年81[3]。
2003年11月に東京の世田谷美術館分館・清川泰次記念ギャラリー(アトリエ兼自宅を一部改築工事)が開館した[4]。1961年の改装で木造家屋からコンクリートブロック仕立てに変わったが、コンクリートの耐用年数超えに伴う劣化への対応で、2027年度以降改築が予定されている[5]。