清水イチロウ
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実家は1969年に開店した高山市初のジャズ喫茶。自身は東京で映画監督を目指していたが、従業員不足により実家に呼び戻され、そのまま後を継いだ[1]。
細野晴臣や高田渡のモノマネをこなす。細野のモノマネは細野本人にも気に入られており、細野や矢野顕子、姉ミチコのコンサートにたびたびゲスト出演をしている[2][3][4]。矢野顕子の40周年記念コンサートでは、細野晴臣役として姉と共に出演した。
小学校のときのあだ名は、いっちゃん。中学校、高校ではハンドボール部に所属しておりエースだった。
大学時代は早稲田大学モダン・ジャズ研究会に所属。レギュラーグループでアルト・サクソフォーンを演奏していた。
音楽を趣味とし、ピアノ、サクソフォーン、ベース、ギター、三味線を演奏する。
俳句を趣味とし、2015年1月に高山市民時報社より句集『蛍火』を上梓[5]。自身のブログ「清水イチロウの『俳句』オリティ」にて不定期に発表している。