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渡辺伝

従五位下。渡辺惣官職。滝口大夫 From Wikipedia, the free encyclopedia

渡辺 伝(わたなべ の つとう)は、平安時代後期の武将。嵯峨源氏の源融の子孫で、正式な名のりは源伝(みなもと の つとう)。渡辺綱の曾孫にあたる。

時代 平安時代後期
生誕 承保2年(1075年)
死没 長承3年(1134年)
別名 源伝、渡辺惣官、滝口大夫
概要 凡例渡辺伝, 時代 ...
 
渡辺伝
時代 平安時代後期
生誕 承保2年(1075年)
死没 長承3年(1134年)
別名 源伝、渡辺惣官、滝口大夫
主君 源明国(行光)
氏族 嵯峨源氏融流(渡辺氏)
父母 渡辺安
兄弟 伝、至、勝、引
子 満、重(瓜生氏の祖)、房、教、親(赤田氏の祖)、調
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略歴

滝口大夫・渡辺安(筒井久の三男)の子として、摂津国西成郡渡辺津に生まれる。

京で元服を迎えて、摂津源氏(多田源氏)の源明国に仕えた。主君の明国の命で、白河天皇・堀河天皇父子の周辺を護衛する滝口武者を長年も務めた。特に白河法皇(白河天皇)の信頼は篤く、彼は皇室領である大江御厨惣官に任命された(渡辺惣官職)。

同時に敬虔な浄土教の信徒であり、30数年も毎度千遍ほどの念仏を唱えており、臨終間際にも西方に向かって大往生したという。享年60。

嫡子の満が後を継いで、彼の系統は、朝廷との繋がりを密接に図り、衛門府、兵衛府など中央の官職を有していた。

満の弟の重らの系統は従来通り、摂津源氏と主従関係を結び、源頼政を介錯した唱や宇治川の戦いで戦没した省(連)と競などを輩出した。

子孫

伝の後裔は、越後国の住人となり、赤田氏と瓜生氏の祖となった。

あるいは、薩摩国の奈良原氏も、伝の子孫と称した。

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