新潟県長岡市出身。旧家・渡邊毅夫の長男として生まれる。父・毅夫は教育界で活躍し、女学校校長や渡邊工業取締役を務めた[2]。
長岡中学を卒業後、九州の明治専門学校機械科に入学。1923年(大正12年)首席で同校を卒業後、豊国セメント株式会社に入社し、名古屋工場に勤務する[3]。
のち独立して名古屋螺子製作所(現:メイラ株式会社)を設立し、1936年(昭和11年)同郷の大実業家・大橋新太郎の後援を得て株式組織に改め、自ら専務取締役に任じた[2]。
1938年(昭和13年)11月、渡邊工業を創立し社長に就任[4]。