渡邉順子
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聖隷クリストファー大学
静岡県立大学
渡邉 順子 | |
|---|---|
| わたなべ よりこ | |
| 居住 |
|
| 研究分野 | 看護学 |
| 研究機関 |
名古屋大学 聖隷クリストファー大学 静岡県立大学 |
| 出身校 |
名古屋保健衛生大学 衛生学部卒業 中京女子大学大学院 健康科学研究科修士課程修了 大阪大学大学院 医学研究科博士後期課程修了 |
| 主な業績 |
輸液看護に関する技術開発 排泄ケアモデルの開発 |
| 主な受賞歴 |
東アジア看護研究者フォーラム 最優秀ポスター発表賞 |
| プロジェクト:人物伝 | |
渡邉 順子(わたなべ よりこ)は、日本の看護師、看護学者(基礎看護学・看護教育学・看護管理学)。博士(保健学)(大阪大学・2004年)。静岡県立大学看護学部特任教授・大学院看護学研究科特任教授。姓の「邉」は「辺」の旧字体のため、新字体で渡辺 順子(わたなべ よりこ)とも表記される。
名古屋保健衛生大学病院消化器外科・脳外科、名古屋大学医学部附属病院内科での勤務を経て、名古屋大学医療技術短期大学部看護学科講師、名古屋大学医学部助教授、聖隷クリストファー大学看護学部教授、静岡県立大学看護学部教授、静岡県立大学大学院看護学研究科研究科長(第8代)などを歴任。
生い立ち
名古屋保健衛生大学に進学し、衛生学部の衛生看護学科にて学んだ[1]。1977年3月、名古屋保健衛生大学を卒業した[1]。同年4月、名古屋保健衛生大学病院に採用され、消化器外科・脳外科の看護婦として勤務した[2]。1983年7月、名古屋大学の医学部附属病院に転じ、内科の看護婦として勤務した[2]。
研究者として
1984年4月、名古屋大学の医療技術短期大学部に移り、看護学科の助手に就任した[2]。1992年4月、名古屋大学の医療技術短期大学部にて、看護学科の講師に昇任した[2]。それと並行して、中京女子大学の大学院に在籍し、健康科学研究科の健康科学専攻にて学んだ[1]。1997年3月、中京女子大学大学院の修士課程を修了した[1]。その後、名古屋大学の医療技術短期大学部を改組するかたちで、医学部に保健学科が新設されることになった。医学部の保健学科は1998年4月より看護学専攻の学生受け入れを開始し、医療技術短期大学部の看護学科は2000年3月に廃止された[3]。それにともない、名古屋大学の医学部に移ることになり、1999年4月には医学部の助教授に昇任した[2]。医学部においては、主として保健学科の看護学専攻の講義を担当した[2]。また、2002年4月には、名古屋大学の大学院の医学研究科が医学系研究科に改組され、看護学専攻が新設されることになった[3]。それにともない、同月より、大学院の医学系研究科にて助教授を兼務することとなった[2]。医学系研究科においては、主として看護学専攻の講義を担当した[2]。それと並行して、文部科学在外研究員としてアメリカ合衆国に渡り、同年7月よりボストンカレッジの看護学部にて客員研究員を兼任した[2]。また、大阪大学の大学院に在籍し、医学研究科の保健学専攻にて学んだ[1]。2004年3月、大阪大学大学院の博士後期課程を修了した[1]。同年10月、聖隷クリストファー大学に転じ、看護学部の教授に就任した[2]。また、聖隷クリストファー大学の大学院においては、看護学研究科の教授を兼務した[2]。2008年4月、聖隷クリストファー大学の大学院に、保健科学研究科が新設されることになった[4]。それにともない、同月より、大学院の保健科学研究科にて教授を兼務することになった[2]。それと並行して、同月より、浜松医科大学の大学院にて、医学系研究科の講師を非常勤で務めた[2]。2015年10月1日付で静岡県立大学に転じ、看護学部の教授に就任した[5]。看護学部においては、主として看護学科の講義を担当した。また、静岡県立大学の大学院においては、看護学研究科の教授を兼務した[2]。看護学研究科においては、主として看護学専攻の講義を担当した。2017年からは看護学研究科の研究科長も兼務した。
研究
専門は看護学。特に、基礎看護学・看護教育学・看護管理学の研究を手掛ける[6]。具体的には、輸液看護に関する技術開発や、排泄ケアモデルの開発に従事[7]、それに関する専門書の執筆等も行う[8]。また、看護技術に関する教育技法の開発も手掛ける[7]。看護教育に関するテキストの執筆や[9][10][11]、初心者の看護師向けの書籍の編纂なども手掛ける[12]。なお、東アジア看護研究者フォーラムにおいては、篠崎惠美子らとともに最優秀ポスター発表賞を共同受賞した[13]。
日本看護医療学会・日本看護診断学会・日本看護教育学会・日本看護研究学会・日本看護科学学会・日本看護管理学会・日本老年泌尿器科学会・愛知排泄ケア研究会・シグマシータタウ国際名誉看護学会に所属[14]。日本看護医療学会では、梶田悦子の後任として第4代理事長に就任し、2011年4月から3年間にわたる第5期の任期を務めた[15][16]。2015年4月からの3年間となる第6期においても、引き続き理事長を務めた[16][17]。また、日本老年泌尿器科学会では、評議員を務めた[18]。
略歴
- 1977年 - 名古屋保健衛生大学衛生学部卒業。
- 1977年 - 名古屋保健衛生大学病院消化器外科・脳外科看護婦。
- 1983年 - 名古屋大学医学部附属病院内科看護婦。
- 1984年 - 名古屋大学医療技術短期大学部看護学科助手。
- 1992年 - 名古屋大学医療技術短期大学部看護学科講師。
- 1997年 - 中京女子大学大学院健康科学研究科修士課程修了。
- 1999年 - 名古屋大学医学部助教授。
- 2002年 - 名古屋大学大学院医学系研究科助教授。
- 2002年 - ボストンカレッジ看護学部客員研究員。
- 2004年 - 大阪大学大学院医学研究科博士後期課程修了。
- 2004年 - 聖隷クリストファー大学看護学部教授。
- 2004年 - 聖隷クリストファー大学大学院看護学研究科教授。
- 2008年 - 聖隷クリストファー大学大学院保健科学研究科教授。
- 2008年 - 浜松医科大学大学院医学系研究科講師。
- 2011年 - 日本看護医療学会理事長。
- 2015年 - 静岡県立大学看護学部教授。
- 2015年 - 静岡県立大学大学院看護学研究科教授。
- 2017年 - 静岡県立大学大学院看護学研究科研究科長。