渥美健夫
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東京府立一中、旧制浦和高校を経て、1943年(昭和18年)、東京帝国大学法学部政治学科卒業後、商工省入省[2]。鹿島守之助の長女・伊都子と結婚する[3]。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、1943年(昭和18年)9月、海軍経理学校に入学。1944年(昭和19年)3月に卒業し、海軍主計中尉に任官。呉経理部に配属。1945年(昭和20年)3月、主計大尉に進み終戦を迎えた[4]。
1945年10月に商工省に復職[4]。経済安定本部、新制・通商産業省を経て1951年(昭和26年)、岳父・守之助に請われ常務として鹿島建設に入社。渥美は役人を続けるという条件で結婚したというが、「通産省はあなたがいなくても困らないが、鹿島はあなたを必要としている」と口説かれ、鹿島入りした[2]。
専務、副社長を経て1966年(昭和41年)に社長、1978年に会長。のちに、相談役、名誉会長となる。