過去のことを研究することで、新たな知識や見解を開くということである[1]。
この言葉は中国の古典である『論語』の為政が由来である。そこでは孔子が言うには、古くからの教えを大切にして、新たな知識を得ることができるならば、人に指導をすることができる師となることができるだろうということであった。論語というのは孔子の弟子との対話を記録した書物であるため、温故知新というのは孔子が弟子との対話の中からの言葉ということである。孔子は弟子に対して、人に教える指導者となるための条件は、先人による思想や学問を研究するということであるということを述べていたのであった。孔子は過去の知識や経験を基として新たな知識を得るということを重視していたのであった[2]。
西周は『百学連環』で温故知新について述べている。西は温故とは徒に古いことを詮索することではなく、広く過去の善悪に関することを研究して、その良いところを取り合わせて現在において用いるということであるとした。このことで温故とは知新でもあるとした。温故知新とは過去を知って、今の世の真相を見抜くことであるとした。