温泉神社 (別府市青山町) From Wikipedia, the free encyclopedia 温泉神社(おんせんじんじゃ)は、かつて大分県別府市青山町にあった神社。別府八湯の一つの別府温泉の鎮守神である。第二次世界大戦後、八幡朝見神社に合祀され、温泉神社の祭祀は八幡朝見神社で継続されている[1][2]。 別府市鉄輪にある温泉神社(鉄輪温泉の鎮守神)とは、直接の関係はない。 別府市朝見にあった長谷神社(祭神 大歳神・豊作の神)と愛宕神社(祭神 迦具土命・火の神)が1919年(大正8年)12月21日に許可を得て合併奉祀し、大穴牟遅命(薬の神)、少彦名命(水の神)を合祀して温泉神社と称したのに始まる[1][2]。 1907年(明治40年)に皇太子時代の大正天皇が行啓した際に建てられた御座所を社殿とし[3][4]、青山町の旧別府公園[注 1]内(現在の別府市営公園テニスコート[2]・青山幼稚園[1]付近)で創建された。 第二次世界大戦後、神道指令により公有地の公園内にあった温泉神社は存続できなくなり[2]、神体と神輿は八幡朝見神社に合祀された。以降、別府八湯温泉まつりの開会奉告祭と温泉神社神輿の御幸祭は八幡朝見神社で斎行されている[1]。温泉神社神輿は1919年(大正8年)に造られたもので80数年の風雪による老朽化が進んだため、修理修復され、2007年(平成19年)3月24日に完成奉告祭が八幡朝見神社で行われた[7]。 また、合祀後に解体された社殿は、1945年(昭和20年)7月の大分空襲で社殿を焼失した大分市勢家町の春日神社に移築され、本殿として使用された。1967年(昭和42年)に春日神社の本殿が新築された後は、神輿を納める蔵として使用されている[2]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 現在の別府公園の面積は27.3ha[5]であるが、第二次世界大戦前の別府公園はこれより広く、1937年(昭和12年)に別府国際温泉観光大博覧会の主会場となった頃の面積は約35haであった[6]。 出典 1 2 3 4 “朝見神社について”. 八幡朝見神社. 2018年7月23日閲覧。 1 2 3 4 5 “温泉神社の意外な事実 かつての社殿は春日神社に”. 大分合同新聞. (2018年7月20日). http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2018/07/20/JD0057123337 ↑ 懐かしの別府ものがたり: No432 文学散歩 今日新聞、2008年2月18日 ↑ 懐かしの別府ものがたり: No620 絵葉書特集 今日新聞、2009年2月3日 ↑ “別府公園”. 日本一の「おんせん県」大分県の観光情報公式サイト. ツーリズムおおいた. 2018年7月20日閲覧。 ↑ “大別府公園計画”. 別府歴史資料 デジタルアーカイブ. 2018年7月20日閲覧。 ↑ 「八湯温泉まつりの「主役」88年ぶり“化粧直し”」『大分合同新聞』2007年3月25日、朝刊。オリジナルの2007年3月30日時点におけるアーカイブ。 関連項目 温泉神社 この項目は、神道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 神道/ウィキプロジェクト 神道)。表示編集 Related Articles