温泉鉄道 (山口県)
From Wikipedia, the free encyclopedia
年表
1912年(明治45年)6月に川棚村在住の永冨長兵衛を代表として免許の出願が行われた。当時、川棚村内では長州鉄道(現・サンデン交通)により現在の山陰本線の一部にあたる鉄道路線の建設工事が進められていたが、同線の川棚温泉駅は川棚温泉の温泉街から2kmほど離れているため、温泉街の旅館主を中心とする地元有力者により、川棚温泉駅と温泉街を結ぶ鉄道路線として計画されたのであった。
会社は1913年(大正2年)に資本金2万円で設立。鉄道事業のほか、川棚温泉内の温泉・旅館経営、電気・水道供給事業も計画されていた。
工事は長州鉄道の川棚温泉駅を含む下関 - 小串間が開通した後、1914年(大正3年)6月に着工し、約2年間で路盤・駅施設はほぼ完成に至り、車両も準備された。しかし第一次世界大戦の影響による鉄材価格の高騰により軌条入手が困難となり工事が停滞し、借入金の返済が不可能となった。1917年(大正6年)10月21日に5回目の竣功期限延期の許可を出願したが、国側の調査により開業が見込めないと判断されたため、1918年(大正7年)1月26日付で不許可となり免許が失効し、未成線となった。
- 1912年(明治45年)6月26日 - 「温泉軽便鉄道」の名で豊浦郡川棚村字葉中(長州鉄道川棚温泉駅) - 同村字湯谷間を結ぶ路線延長 1マイル20チェーン (2.0km)、軌間 3フィート6インチ (1067mm)の軽便鉄道の免許を出願。
- 1912年(大正元年)10月29日 - 上記免許が下付される[1]。
- 1913年(大正2年)10月20日 - 社名を「温泉鉄道」として会社設立[2]。本社を川棚村455番屋敷に設置。資本金2万円。
- 1913年(大正2年)12月11日- 補助願却下[3]
- 1914年(大正3年)6月6日 - 着工。
- 1918年(大正7年)1月26日 - 第5回目の竣功期限延期願いが却下され免許失効[1]。
設置予定駅
川棚駅 - 小野駅 - 温泉駅
※川棚駅は川棚温泉駅に隣接。
車両
川棚温泉鉄道
予定地の現状
路盤跡は、ほぼ全線が青龍街道(県道豊浦清末線)に転用されている。