湊村 (石川県)
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歴史
- 古代 - 当地は「比楽湊」と言われる。
- 中世 - 当地は「今湊」と言われる。室町時代から本吉湊とも呼ばれ三津七湊の1つ。
- 1869年(明治2年) - 石川郡本吉町及び能美郡湊村が合併して、石川郡美川町が発足する。本吉が通称で北郷と言われたのに対し、当地は南郷と言われた。
- 1871年(明治4年) - 石川郡美川町から分立して、能美郡湊村が発足する。石川郡美川町は本吉(北郷)の区域に限って存続する。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、能美郡湊村及び吉原村の区域をもって、能美郡湊村が発足する。
- 1891年(明治24年)12月18日 - 吉原の区域が湊村から分立して、粟生村の区域の内、赤井、西任田、東任田、吉光及び三道山の区域が分立する上で、合併して、吉田村が発足する。湊村の大字は湊に限ることになる。
- 1896年(明治29年)、1934年(昭和9年) - 手取川水害の被害を受ける。
- 1903年(明治36年)6月20日 - 北陸本線に小舞子仮停車場(臨時駅)が開業。
- 1954年(昭和29年)11月3日 - 石川郡美川町、蝶屋村及び能美郡湊村が合併して、改めて石川郡美川町が発足する。湊村は石川郡美川町湊町となる。