湛井駅
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中国鉄道吉備線の開業時に終着駅として設置された。湛井駅近辺は鎌倉時代より高梁川の荷上場が存在しており総社の物流の拠点となっていたが、湛井駅の開業によってそれまでは川舟と荷馬車によって運ばれていた薪炭や木材、備中煙草やこんにゃく、米、麦、吹屋村吉岡鉱山からの銅、ベンガラ、小泉鉱山の鉛といった高梁川流域の生産物は湛井駅を経由し鉄道によって運ばれることとなった。このため湛井駅は長いプラットホームや十数棟の倉庫を備え、高梁、成羽方面の乗合馬車や人力車、高瀬舟が並び、駅周辺は全盛期には60戸が存在していた。しかし、伯備南線が宍粟駅まで延伸する際に平面交差が認められず、総社駅から湛井駅の間が廃止となったことで湛井駅は物流拠点としての役割を終えることとなった[2][3][4]。なお湛井駅廃止後新線の工事が完了するまでの間は中国自動車株式会社が乗合自動車を運行した[4]。
