湯原豊
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商業画家の母、報道カメラマンの叔父の影響を受け、小学生の頃から画像に興味があったという。「母からも叔父からも教えてもらったことはなく、下手くそだと批評された記憶しかありません」
学生時代に美術部と写真部を掛け持ちしたものの、「壊滅的に作画の才能がない」と自覚したため、以降は文章と写真を活動の中心とした。「完全に黒歴史ですが、10代の終わりに詩集を出したことがあります」
「ボランティアというにはあまりにも細々とした」地域猫活動や環境保全活動への参加を行っている。「毎日活動しているボランティアさんたちと同じふりをするのは申し訳ないので、オミソ的な何かと思ってます」
プロカメラマンとしての活動は、「ライターで一眼レフを持っていて、急な取材にホイホイ出かける」ことから「ついでに写真も撮ってきて」と始まったという。「駆け出しの頃に現場でベテランのカメラマンが言う事を聞いてくれないので、仕方なく自分で撮りだしたというのが本当のところでしょうか」
30代半ばから、生業のライター、コピーライター、カメラマン、エディトリアルディレクター等の経験を生かし、「飼い主のいない猫たちの姿をきちんと見てもらう」ことを目的とした活動を開始。「実は地方自治体の冊子に猫の写真をまぎれこませたことも度々ありました」
雑誌掲載、複数の受賞を経て、年2回開催の企画写真展「まちねこ美術館シリーズ」主催および猫美術愛好会ミューミュー倶楽部の美術展等に参加。「自分が見たいものを撮る」ことを信条としている。「どうも自分がちゃんとした写真家だとは思えないので、肩書はシッポ追いとしました」
近年は高解像度化する画像作品に疑問を持ち、撮影場所にあった石や木片等に手作業で画像を転写する「印象化石」シリーズも手がける。「画質の高さだけが評価されるなら、なんてドメスティックに狭くてつまらない世界じゃないかと」 [2]